二十代の記憶を頼りに温泉を掘り当てた父親
寺宝温泉を始めたのは青柳さんのお父さんなんですよね。
青柳さん 父親が自分で温泉を掘ったんですよ。といっても手で掘った訳ではなくて、父親の代からボーリング業(さく井業)を営んでいて。ボーリング業というのは、簡単に言うと井戸屋です。うちは最初、井戸掘りから始まって、水道管や消雪パイプの工事もやっていました。技術や機械の発達で、だんだんと深いところまで掘れるようになり、温泉も掘れるようになっていきました。ちょうど温泉掘りに事業を広げていた頃、父親は 55、56 歳で胃がんを患ってしまって。幸いにも転移はなく、胃の半分くらいを切除する手術をして、医者には順調な回復だと言われていたのですが、本人は弱気になっていました。それで父は仕事をリタイアして、全国の湯治場を巡っていました。
休憩所には、風呂上がりにくつろぐ人たちが。もってきたご飯を食べる、スマホを見る、テレビを観るなど思い思いに時間を過ごしていた。
なるほど。湯治場がなくてはならないお父さんと、家業の温泉掘り。これは近くに温泉を掘らない訳にはいきませんね。
青柳さん 自宅の裏がずっと空き家と田んぼになっていて。それに、父親が二十歳そこらの頃、大手石油会社がその空き地で石油や天然ガスの試掘をやっていて、親父は気になって見に行ったりしていたのですが、そこで「1000 メートルくらい掘るといいお湯が出るぞ」と聞いたそうです。その記憶がずっと父親の頭のなかに残っていたんでしょうね。じゃあ家の裏に温泉を掘ろうということになって。井戸屋は公共工事の少ない春先に時間が空くのですが、2年かけて春の間に 800 メートルを掘ったら、温泉が出てきました。
一発で温泉を掘り当てるなんて、ラッキーすぎます。
青柳さん 温泉が出て2、3年は小さな湯船を置いて、プレハブのほったて小屋をつくり脱衣所にして、自分が入ったり、近所の人が来て入ったりしていました。無料で温泉を提供していたのですが、あるとき保健所からクレームがきて。「お金をとらなくても殺菌など衛生上の問題があるから第三者を浴槽に入れるのをやめてくれ」と。そんなとき、父親の友だちから、まぁ近所の方たちばっかりなんですけど、「出資するから日帰り温泉の施設をつくってくれ」と要望がありました。そ


