公開日2021.07.19
最終更新日2021.07.19

7月の新潟文化物語は”日本近代童話の父”を特集!「小川未明」ってご存知?

7月の新潟文化物語は”日本近代童話の父”を特集!「小川未明」ってご存知?
公開日2021.07.19
最終更新日2021.07.19

7月の新潟文化物語は”日本近代童話の父”を特集!「小川未明」ってご存知?

にいがたの文化にまつわる情報を発信している新潟文化物語。7月は、日本近代童話の父・小川未明を特集しています。

明治15(1882)年、高田(現・上越市)の旧藩士の家に生まれた小川未明。旧制高田中学校(現・新潟県立高田高等学校)を経て東京専門学校(現・早稲田大学)に進学し、在学中に小説家としてデビューします。

デビュー当時は文壇に認められず、生活は困窮。子どもたちが栄養不良になるほど追い詰められ、厳しい生活を送っていたといいます。

そんな逆境のなかでも小説と童話を書き続けていた未明に、大きな不幸が襲いかかります。愛する長男と長女が、相次いで病死してしまうのです。

未明は、「子どもの目で、子どもの心で世界を見ることが、亡くなった子どもの心に寄り添うことに繋がる」と考えて、さらに作品づくりに没頭していきます。

生涯に童話を1200編、小説を650編、詩や随筆などを1400編も残した、類を見ない多作な作家・未明。それまでは小説と童話を量産していましたが、大正15(1926)年に、小説家としての活動をやめ、「この先はすべてを童話に捧げる」と童話作家宣言をします。

新しい童話とは何かを模索し、子どもだけでなく、大人・女性向けに書き分け、都会・田舎・生活など舞台や内容も幅広い作品を描き、童話の可能性を開拓していきました。

弱い者、小さな者、正直な者に希望を与えることを使命として、作品制作を続けた未明。彼が描く童話の魅力はどのようなところにあるのか、未明作品を愛するさまざまな人に伺いました。あなたも、未明の童話の世界に飛び込んでみませんか?

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新潟文化物語

弱き者のために。日本近代童話の父・小川未明(前編)

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