紅葉の季節とともに思い出す絵本「葉っぱのフレディ」

こんにちは。編集部の松田です。
トクだね!こまち「新潟紅葉ライブ2006」でもお伝えしているとおり、本格的な紅葉シーズンとなりました。11月4日現在、新潟県内では山沿いや一部の平野部で見頃となっています。


↑公園はフレディだらけ。(10月中旬撮影・西大畑公園)

紅葉の季節になると、いつも思い出す絵本があります。
数年前にベストセラーになった「葉っぱのフレディ」です。累計で100万部以上販売されており、当時マスコミでも大きく取り上げられたので、ご存知の方も多いと思います。

実は、恥ずかしながら、これほど有名な絵本にも関わらず、一年前まで読んだことがありませんでした。「葉っぱのフレディ」が話題になった1998年当時、私はちょうど20代中ごろ。編集の仕事を始めたばかりで、ブームになっているとはいえ「絵本」に興味などなかったのです。あれから約7年が過ぎた昨年、ある講演会で「葉っぱのフレディ」の全文を聞き、どのような内容かを初めて知りました。

「葉っぱのフレディ」、とってもいい絵本ですね。

葉っぱとして生まれたフレディが、春、夏、秋が過ぎ、冬を前に葉っぱとして役目を終えて散っていく。その過程で、フレディは葉っぱとして生きる意味を見出し、死を自然の変化の1つとして受け入れていく。一般的には、フレディの一生を通して「死」や「いのち」について考える絵本として知られています。

物語の中で、秋になり紅葉の季節を迎えたとき、フレディは1つの疑問を抱きます。

「いっしょに生まれた、同じ木の、同じ枝の、どれも同じ葉っぱなのに、どうしてちがう色になるのか?」

その疑問に対して、葉っぱ仲間のダニエルは答えます。

「生まれたときは同じ色でも いる場所がちがえば 太陽に向く角度がちがう。風の通り具合もちがう。月の光 星明かり 一日の気温 なにひとつ同じ経験はないんだ。だから紅葉するときは みんなちがう色に変わってしまうのさ。」

当たり前のことですが、葉っぱも人間も、それぞれの個性があり、生き方や価値観も異なります。私自身のことですが、ときどきそんな当たり前のことも忘れてしまって、自分の価値観や考え方を人に当てはめてしまうことがあります。そして、理解されないことで勝手に腹を立ててしまうのです。

そんなとき、窓の外の紅葉をふと見ると、フレディやダニエルの言葉を思い出し、もう少し広い気持ちで、人の言葉を聞けるようになります。人にはそれぞれ個性があり、それを尊重しあうことから、よい関係が築けるのかもしれません。

「葉っぱのフレディ」の主旨とは少し違うかもしれませんが、私にとってそんなことをあらためて気づかせてくれる一冊です。


葉っぱのフレディ-いのちの旅
レオ・バスカーリア著
みらい なな訳
童話屋刊
1,575円

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